Welcome to the オーストラリア大使館のカルチャーセンター

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カルチャー・センターは2013年2月末で廃止となり、それ以後はこちらへ移行しました。


オーストラリアの先端アーティストたち

- ステラークとオロン・カッツ -
早稲田大学 高橋透

2010年7月

今回が初めてのオーストラリア訪問。昨年十一月に森美術館(『医学と芸術』展1 )と多摩美術大学で、オーストラリアの先端的アーティスト、オロン・カッツとステラークの展示会と講演会に参加したのが縁で、オーストラリア大使館のカルチャー・ビジター・プログラムという制度で多摩美術大学の久保田晃弘氏と早稲田大学の岩崎秀雄氏とともに訪問させて頂くことになった次第だ。

今回の訪問について報告するために必要なので、失礼ながら自分の仕事の紹介を先にさせていただきたい。現在関心をもっているのは、自然と先端テクノロジーの関係、具体的にはサイボーグ技術だ。サイボーグ技術などまだSFと思われるかもしれないが、すでに実用化されはじめているものもある。たとえば『アバター』。主人公は、自分のアバターを遠隔操作して、異星人ナヴィ族の村落に侵入する。この遠隔操作は、どうやら自分の脳を使って考えただけで自分のアバターを動かすという仕組みになっているようだが、これは現在、ブレイン・マシン・インターフェイス(BMI)という技術によって可能になりはじめている。

脳とコンピュータを接続させて、考えただけでPCを動かしたり、ロボットを操ったりすることができるようになっている。映画『アバター』のアバターは、異星人ナヴィ族と人間とのハイブリッドという設定だが、遺伝子組み換え技術は現在のバイオテクノロジーの基本であり、これを異種の生物間でもおこなうことができるし、また、サイエンティストのなかには、生物の基礎要素である細胞そのものを創り出そうとしている者たちもいる。なんか恐ろしげな話であり、賛否両論あるだろうが、これは現実に進行していることなのだ2

オーストラリアの先端アーティストたち
ステラークの作品
「フラクタル・フレッシュ」

では、オーストラリアの話に戻ろう。メルボルン在住のステラーク(今回は残念ながら不在で会えなかったのだが)は、自分の身体を用いてサイボーグ・パフォーマンスをおこなうアーティストだ。多くの作品のなかから、今回は、「フラクタル・フレッシュ」という作品を見てみよう。この作品でステラークは、自分の身体の表面に電極を張り付け、それをPCに接続し、さらにそのPCをネットにリンクさせて、パフォーマンスをおこなう3。人間と機械の相互接続あるいは相互融合としてのサイボーグだ。

このパフォーマンスについてステラークはこう述べている。「メルボルンで開始した動きがロッテルダムにいる他の身体へと移動させられ、現れる」4、と。サイボーグ化した身体は、他のサイボーグ身体と相互に接続した状態に置かれるため、他のサイボーグ身体へと侵入し、他のサイボーグ身体に憑依することになる。サイボーグ身体たちは、こうして、相互に憑依し合う身体となる。このような身体たちは、自分のなかに他人を抱え込んでいるに等しい。サイボーグ身体は、自分と他者との境界線を曖昧にしていくのである。ステラークのパフォーマンスは身体レベルでおこなわれているが、その様相は脳、つまりBMI技術の先触れとなってはいないだろうか。

オーストラリアの先端アーティストたち
Tissue Culture and Art Projectの作品
「Semi-Living Worry Dolls」

次に、オロン・カッツ。カッツには今回パースで会い、彼が率いる「シンビオティカ(SymbioticA)」という施設を見学し、そこでサイボーグについてのプレゼンをおこなった。カッツの仕事を簡単に紹介しよう。カッツは、パートナーであるイオナ・ザールと共同して、組織工学を用いてアート作品を制作している。通常の組織工学は、細胞の培養を通じて臓器を作成するが、カッツは、この技術をアートに転換する。就寝前に悩みを言っておくと翌朝にはそれを解決しておいてくれるという、グアテマラの「ウォリー・ドール」という人形があるが、これを組織工学により作成したヴァージョンが、カッツの作品のひとつだ。人形の形をした足場に培養細胞を培養して作り上げる5

こうした彼の作品の意図をカッツはこう説明している。これらの作品は「〔自然に〕誕生したものと製造されたもの、生命のあるものと生命のないもののあいだの境界を曖昧にする」6、と。シャーレで培養されている細胞は、それが元々属していた身体組織から取り出され、切り離されている。たしかに、こうした細胞は生きてはいるが、しかし実験に使用されるなどといった場面を考えてみれば、たんなるモノにすぎず、もはや生命とはみなされない。それは、だから、生命体であるとも言えるし、非生命体であるとも言える。

また、カッツのウォリー・ドールは、自然由来の細胞を組織工学というテクノロジーを通じて培養し作成したものであるがゆえに、自然物とも言えるし、人工物とも言える。こうして生命/非生命、自然/人工のあいだの区別は曖昧化されるのだ。このような曖昧化した存在物をカッツは、「半生命体(semi-living)」と名づけている。細胞工学により臓器の作成が進められ、先端高度医療の発達によって臓器移植が可能になった現在、私たちも早晩、多かれ少なかれ半生命体に近づいていく道を歩みはじめているのではないだろうか。カッツの半生命体は、たしかに、遺伝子組み換え技術を使用してはいないが、自然物と人工物とのハイブリッドを生み出しているという意味では、『アバター』が描く世界と切っても切れない関係にある。

ステラークにせよ、カッツにせよ、彼らのアートは、先端テクノロジーなしには生きることが困難になりつつある現代を鋭角的に浮かび上がらせているのだ



  • 1 2009年11月28日-2010年2月28日開催
  • 2 サイボーグ技術の現状と意義については、拙著『サイボーグ・エシックス』(水声社、2006年)と『サイボーグ・フィロソフィー』(NTT出版、2008年)を参照して頂ければ幸いである。前者はステラークについて、後者はBMIと細胞を創る技術について扱っている。
  • 3 http://www.stelarc.va.com.au/images/data/images/16.jpg
  • 4 Stelarc. From Psycho-Body to Cyber-Systems. Cybercultures Reader. Routledge, 2000, p.567
  • 5 http://www.tca.uwa.edu.au/ars/main_frames.html
  • 6 Oron Catts and Ionat Zurr. Growing Semi-Living Sculptures: The Tissue Culture & Art Project, Leonardo, Vol.35, No.4, p.366