「オーストラリア・アート:モダニズムからコンテンポラリーへ 力あふれる未来に向けて」
オーストラリア国立美術館、シニア・キュレーター、デボラ・ハート
2012年11月12日 オーストラリア大使館
文化庁による日豪学芸員交流プログラムの主な目的のひとつに、異文化間における理解の促進が挙げられます。異文化理解の推進は、オーストラリア国立美術館にとっても重要な戦略的目標のひとつであり、こうした目的の共有は、私たちの未来における良い兆しといえます。
はじめに、このような素晴らしい機会を提供して下さった文化庁の皆様に、心よりお礼申し上げます。今夜お越し下さっている中野潤也文化庁国際文化交流室長を、暖かく歓迎申し上げます。また本日、オーストラリア大使館よりダラ・ウィリアムス政務担当公使がいらしているのを嬉しく思うと共に、キアラン・チェストナット広報担当一等書記官とアリソン・パニエさんにも、温かいおもてなしと本日の集まりを企画下さった点に感謝申し上げます。また京都国立近代美術館の山野英嗣学芸課長と徳仁美オーストラリア大使館文化担当官にも、素晴らしいご支援、ご親切を頂戴しました点に感謝いたします。日本に今居て、両国それぞれの視覚芸術文化について情報を交換する機会を頂いている点に感謝すると共に、オープンな精神で皆様と関わっていきたいと思います。
オーストラリアで30年以上にわたり視覚芸術に関わってきたことで、芸術に暮らしを変える力があるのを強く実感してきました。芸術には、物の見方を変えたり、人々を深く揺り動かす力、また創造的発想をもたらしたり、文化を超えたつながりを生み出す力が備わっているのを、目の当たりにしてきました。
まずは異文化交流の精神で、オーストラリア国立美術館のコレクションよりフィオナ・ホールの展示作品「Leaf litter」(2000-2002)から取り上げたいと思います。200ほどの単体から成るこの作品には、世界的な意味合いが込められています。世界中の紙幣の上に、各国特有の植物を丹念に描きこむことで、歴史や地理、世界経済、時間と場所を超えた旅についての様々な疑問を伝えようとしています。ちょうどこの富士山の絵が描かれた、1938年の日本の紙幣においても同様です。
最近、館長であるロン・ラッドフォードが全国記者クラブで、国立美術館の戦略プランの概要を説明しました。この時彼が述べたのは、オーストラリアはスポーツの国としばしば思われているが、豊かな先住民の芸術文化、またそれ以外の芸術を含む、深い視覚文化が根付いた国であるという点でした。オーストラリア国立美術館は、この種の全国的施設としては、世界的に見ても歴史が浅い部類に入ります。1982年にエリザベス女王により開館された当美術館は、当初、全国全ての州や準州より作品を集めることで真に全国規模の美術館となるのを使命としていました。また20世紀のヨーロッパ、アメリカのアートだけでなく、アジア太平洋地域の作品に焦点を当てる点を目指していました。
2010年には、オーストラリア国立美術館の新館がオープンしました。これにより、本美術館に待望の新エントランスが完成し、前庭にアート作品を配置できるようになると共に、本美術館とオーストラリア最高裁判所との間にニール・ドーソンの空中彫刻「Diamonds 」(2002) が設置されました。またオーストラリア庭園では、ジェームス・タレルのスカイスペース、「Within without」が新館用に完成しました。この作品は独自の瞑想的空間を形成しており、夜明けや夕暮れ時に最も印象的な経験を与えてくれます。
タレルの作品の中央部にあるような球状のフォルムは、新館、特に植民化の過程で亡くなった先住民を記憶に留めるために制作された「Aboriginal Memorial」が設置されている空間においても活用されています。1988年にオーストラリアの建国200周年を記念して制作された「Aboriginal Memorial」は、わが国の先住民の存在を認めるためのものです。これは新しい11の先住民アート・ギャラリーの目的でもあります。多くの印象的な作品の中には、(日本でも展覧会)が開催された)エミリー・カーメ・ウングワレーの作品も含まれます。私は彼女の作品がヴェネチア・ビエンナーレに出展された頃に撮影された、彼女の作品の前でダンサーのラッセル・ページが立っている写真が気に入っています。
新館には先住民以外のアーティストの作品も、いくつか展示されています。例えばイマンツ・ティラーズの「Terra Incognita」(2005)においては、わが国の多様な文化を引き合いに出すことで、過去の捉え方や未来の再想像のしかたが新しい形で提示されています。彼の作品はウングワレーが描く波線を部分的に取り入れているほか、入植が開始する前に全国に存在していた先住民グループの名前が刷り込まれています。
それより以前に活躍したマーガレット・プレストンは、地方の独自色にこだわりました。彼女は、アボリジナル・アートや日本の木版画に影響を受けました。モダニストのアーティスト達は、風景だけに目を向けるということはありませんでした。グレイス・コシントン・スミスやハロルド・カズノーといったアーティストは、現代の都市環境に注目し、シドニー・ハーバー・ブリッジから着想を得ました。コシントン・スミスは大恐慌の後にハーバー・ブリッジの建設現場を見て、より活気に満ちた未来への希望の象徴としてこれを描きました。
現代では、多くの人々がオーストラリアといえば海岸を連想します。こうした発想に基づくのが、海岸にいる人々を様式的に描いたチャールズ・ミールの「Australian beach pattern pattern」(1940)であり、男性と風景を一体化させた印象的なマックス・デュペインの「Sunbaker」(1937)です。
オーストラリアのアートにおける最も象徴的なモダニストの作品群として、シドニー・ノーランの「Ned Kelly」シリーズ(1946-47)が挙げられます。実は日本に飛行機で来る前、私はこれらの作品をダブリンにあるアイルランド現代美術館に運んでいました。現在もここで展示が行われています。ノーランによる犯罪者ネッド・ケリーの現代的、象徴的な絵は、今日でも多くの人の想像力を捉えるものがあり、そのイメージは2000年のシドニー・オリンピック式典にも登場しました。ネッド・ケリーは当時の権力に反抗した人物であり、彼の物語はオーストラリアでは伝説的に扱われています。
オーストラリアは広大な国です。ノーランの芸術にはオーストラリア遠隔地の砂漠内部の風景が出てきますが、これと対照的なのが、ジョン・ブラックの楽しめる作品「The car」(1955)です。ここでは日曜日の午後に都会を抜け出し、近くの片田舎を訪れるといった1950年代の社会現象が描かれています。これは当時の何百万という人々のライフスタイルでした。ブラックは人間のふるまいに強い関心があり、これはミルクを飲むのに夢中な赤ん坊や、「Latin American Grand Final」に描かれる舞踏会などの社会儀式における大人への彼の観察力からも明らかです。この「Latin American Grand Final」は同時に、より広い世界における人間関係の暗喩にもなっています。
ブラックの最も近い友人のひとりに、森林や開かれた風景などのオーストラリアの自然を独特のタッチで描いたフレッド・ウィリアムズがいます。抽象画のようないくつかの絵画は、森林について詠んだ俳句のようです。「Lysterfield triptych」や「Silver and grey」(1969-70)といった大きな作品において、ウィリアムズは簡潔であるほど多くを語る場合がある点を理解していました。大きな広がりのある空間を活用することで、ひとつひとつのわずかな筆致が強く感覚に訴えかけます。
ロザリー・ガスゴインの「Plenty」は、暖かな強い光や風景の感触を間接的に捉えた作品です。ガスゴインは太陽や雨、風にさらされて擦り切れたような拾ってきたモノを好んで使用しました。「Suddenly the lake」ではキャンベラの近くにあるLake Georgeを詩的に表現する一方、「Feathered fence」においては白鳥の羽根を使用し、無限性と明るい存在感を感じさせる作品を生み出しました。
より最近では、アーティスト達は共通して素材を革新的な方法で活用するようになってきました。ロスリンド・ピゴットの彫刻作品「Pillow」(枕)(2000)は、彼女が日本で過ごした時間から着想を得ています。枕のオブジェが黒い漆の箱に置かれ、眠りや夢を意味する手吹きガラスにつなげられています。同様のテーマは「High bed」(1998)という作品でも明らかで、全体が柔らかな生地で覆われたベッド、下に置かれた小さなスリッパ、様々なものの見方を反射させる上部の鏡が想像の空間に私たちを誘います。
空間的なインスターレーションの分野では、ケンとジュリア・ヨネタニがマレー川の塩で作り上げた「Still life: food bowl」(2011) を紹介しない訳にはいきません。 同様に、素材の創造的利用はMemorial gardensのコンセプトに関連するキャシー・テミンの作品にも見られます。白の人工毛皮による覆いを利用した「Tombstone gardens」(2012)は、ホロコーストの犠牲者に対する追悼の意を表したものです。喪失というテーマに加え、こうした柔らかな素材に子どもの遊び心を取り入れることで、未来が私たちの手の中にある点を思い起こさせます。ジュディス・ライトもまた幼少期や夢のイメージに関心が高く、この点は「A continuing fable」(2008)やシドニー・ビエンナーレで現代美術館に展示された「A journey」(2012)に反映されています。
遊び心と想像の未来をふんだんに取り入れたのが、パトリシア・ピッチニーニの作品です。これは彼女の写真作品「Psychotourism」(1996)や、「Sub-set red portrait」、「Subset-green landscape」でも明らかです。また「Stags」では、イタリアの1960年代のオートバイ、べスパを2頭の向き合う雄鹿に変形させ、角の代わりにバックミラーを つけさせています。ヘザー・スワンの「Hook(Troublemaker)」は同様に、吊るされた猿の一群でできた鉤が大きな疑問符を形作るという構成になっています。この作品は現在、国立美術館に展示されており、生徒たちに大変人気があります。人気の高さという点では、今年の早い時期に展示されていたピッチニーニの「 Stags」も同じでした。
流動的な、限りない可能性というテーマは、ダニエル・クルックスの最近のビデオ2作品において明らかです。ひとつはボクシング、もうひとつは太極拳を行う老人を取り上げたものです。共に抑えがたい魅力を持つ作品で、時間の経過を巧みに捉えています。本日のお話はフィオナ・ホールの「Leaf litter」の紹介から始まりましたが、彼女の展示作品「Give a dog a bone」も大変面白い作品で、時間と老いに関するイメージが伝わってきます。この作品では、目の詰まった金属でできた彼女の手製の外套を着た、フィオナの父親の写真が中央に登場し、その周りに段ボール箱に置かれた、石鹸でできた日用品が並べられています。
時間と場所を超えた旅というテーマは、グアン・ウェイが世界で様々な国の人々が移民となる状況を象徴的に描いた作品「Dow island」にも内在しています。彼はこの異文化問題を扱った作品を、オーストラリアで生み出しました。現在彼は、中国でも暮らす生活を送っています。また、先住民アーティストであるマイケル・クックは写真を使った印象的な作品「Broken dreams」(2010)で、イギリスによる植民地支配と先住民が経験してきた苦闘に思いを馳せました。この作品は同時に、現在における物語を異なる未来に向けて、再度想像する試みでもあります。
最後に紹介したいのが、クリスチャン・トンプソンの写真を使った作品です。この彼自身がアンディー・ウォーホールに扮した作品は、私がキュレーターを務めた、アメリカのピッツバーグにあるアンディー・ウォーホール美術館の作品展で披露されました。ウォーホールと同様、トンプソンは複数のアイデンティティーと様々な自己の表現を追求しています。「Australian graffiti series」では、オーストラリアの花をマスクやリース、精緻なヘッドドレスとして使用することで、先住民文化や異国性を表現しています。ここでは(デビッド・ボウイの音楽など)大衆文化という形で、彼自身の先住民文化の歴史を言及しています。日本の皆さんにとっても、自然への愛や様式美、また若い人による自己表現の手段としてのおしゃれなど、共通するものが多くあるのではないでしょうか。
オーストラリア国立美術館では、わが国の文化遺産を国内、海外の幅広い方々に観て頂きたいと考えています。日豪の間には、文化交流を行う実に多くの機会があり、展示会や会議、ウェブサイトや現在行っている会合などを通じて、共に行動することができます。最後に改めまして、文化庁による今回のイニシアチブに対して、また日豪学芸員交流プログラムをご支援頂いている皆様に対して、感謝と祝福の気持ちをお送りしたいと思います。想像力に満ち、示唆に富む、刺激的な視覚芸術の展覧会やプロジェクトの将来の実現に向け、美術館関係者や他の皆様と共に行動できる機会を楽しみに致しております。
デボラ・ハート 2012