ワンガラッタ・ジャズ・フェスティバル2008レポート - 「何かがある」オーストラリアジャズスタイル -
八島敦子
2008年11月
「オーストラリアにも素敵なジャズがたくさんあるんですよ。」
あれは確か、今年9年目を迎えるジャズフェスティバル「東京JAZZ」を立ち上げて、しばらく経った頃、たまたま別件でお会いしたオーストラリア大使館のご担当者からお伺いしたのでした。
そこから、オーストラリアのジャズと私とのお付き合いが始まったのでした。
「日本のみなさんにオーストラリアのジャズ・シーンを少しでも知ってほしい」
「オーストラリアのジャズは日本のジャズやアメリカのジャズとどう違うの?」
それからオーストラリアジャズのCDを聞き出したのでした。
東京JAZZのコンセプトは「国境を越えて、世代を超えて」。特定の国やジャンルや世代にとらわれることなく、クオリティーの高いジャズを日本に紹介したい...。という観念からすれば、オーストラリアのジャズはどのように紹介したらいいんだろう...そんな思いに明け暮れる日々がスタートしたのでした。
そして日豪交流年の2006年、試行錯誤のうえ、実現したのが「Japan-Australia Jazz Orchestra (JAJO)」でした。
オーストラリアのジャズを知ってもらいたい、ジャズを通じて日豪交流を深めたいという意図のもと、日豪の気鋭のミュージシャンでオーケストラを結成し、日本(もちろん東京JAZZに出演!)とオーストラリアをツアーしたのでした。
この企画をしている段階では、まだ私の中では「オーストラリアジャズって何か違うんだけど何が違うんだろう」と思っていました。そんな疑問にひとつの光が見えたのはちょうどツアーの途中「しまなみ海峡」をわたっていたとき、オーストラリアミュージシャンのひとりが「僕たちはスパイスをすごく大事に思うんだ」と言ったとき...。スパイスって何?と聞き返したところ、空間だよ!スペースさ...と答えが返ってきました。そう、いわゆる間のことです...。
日本の文化でも「間」は非常に重用視されていますが、そう言われてみるとオーストラリアの広大な大陸(東海岸から西海岸まで飛行機で8時間かかる)や、誰もいないビーチ、シドニーの繁華街からも車で数十分行けば、美しいビーチに行けるなど、そして大陸の真ん中広がる砂漠...オーストラリアの時間、空間の「間」の概念は世界のどことも違うのではないかと思ったのです...。
そういった「間」から作り出される音楽というのは、やはり聞いていて「違う」し、日本の忙しい生活の中でなおざりにさせられている大切なものが何かそこにはあるような気になってきました。そういう視点からオージー・ジャズを聞き始めると、そこには本当に言葉にはできない独特な間が感じられるようになりました。
そんな「オーストラリアジャズ」は絶対日本でもっと注目されてもいいはず...そんな思いを胸にJAJOプロジェクトを続けて行く事を胸に誓った訳です。
さて、そんな中、東京JAZZ 2008が終わって、後処理をバタバタとしていた中、オーストラリア大使館の徳さんからの連絡が「八島さん、ワンガラッタ・ジャズ・フェスティバルに行って、次のJAJOプロジェクトの構想を練って来てください。」「分かりました!」という訳で、ワンガラッタの地に旅立ちました。
でも、ワンガラッタってどうやって行くの?どんなところ?色々とあり、ワンガラッタ行きを決めたのは直前で、市内のホテルは当然取れず、車でしばらく行ったワイン畑の中のホテルに宿泊する事に...。東京から深夜便で飛んで、シドニーで乗り換えて、小型飛行機に乗ってワンガラッタの小さくてかわいい飛行場にたどり着きました。たどり着いて気づいたのですが、一緒に飛行機にのった20人くらいの乗客のほとんどは楽器を持っていて、フェスティバルに出演するミュージシャンだったのでした!
フェスティバル主催者が手配してくれた車で、ワイン畑の真ん中のホテルにたどり着き、そこで同宿のオーストラリアを代表するジャズ評論家のJohn McBeath夫妻にお世話になる事に!夫妻はメルボルンから車で旅をしてきたとのこと。早速車に乗せてもらい、ワンガラッタの会場へ。
ワンガラッタ・ジャズ・フェスティバルは街全体をつかって、複数の会場で展開されています。中心となる会場はJazz Marquee。本来ならば、ワンガラッタにはパフォーミングアーツセンターが近々建設完成予定だったので、そこをメイン会場にするはずだったのが、間に合わない!ということで、急遽街の真ん中のMerriwa Parkにテント仕様の会場をつくったとのこと。収容人員は800人くらい??
Jazz Marqueeを覗いてみると、フェスティバルの演奏自体は翌日からスタートするものの、すでにアーティストがちらほら。中にはJAJOプロジェクトのメンバーも発見!さらにこの日夕方からおこなわれるジャズ季刊誌Expedimoreの創刊記念パーティへ向かいました。
そしてこのパーティで初めてワンガラッタ・ジャズ・フェスティバルのアーティスティック・ディレクターのAdrian Jackson氏に会いました。
Adrianはオーストラリアのジャズミュージシャンの誰もが一目置く存在。ワンガラッタのディレクターを長年努め、オーストラリアのジャズの発展に貢献して来た功績はもちろん、ブッキングの卓越したセンス、そして何と言ってもとても温かい人柄。この会場にはAdrianを中心にオーストラリアジャズ界の重鎮がほとんど集まっていました。
そんなパーティを皮切りにオーストラリアジャズ三昧の3日間が始まりました。多くのアーティストと出会い、ジャンルも多岐にわたる演奏を堪能し尽くしました。Jazz Marqueeは連日どのコンサートも満席状態で、熱気でいっぱいでした。中でも印象的だったのは、照明で熱くなったステージで汗をかきながら熱唱したMichelle Nicole Quartetスタンダードをオリジナルな解釈で歌い上げる情熱的なステージなのですが、何故か、ステージの前を小さな子どもが駆け巡る...。なんとMichelleのお嬢さんがお母さんの歌に合わせて走り回っていたのです。こういうアットホームな雰囲気もなんともフェスティバルにマッチしていました。
さて、他にも色々な会場があったのですが、印象的だったのは、Jazz On Ovensというワンガラッタの学校の校庭?を使ったステージ。
ここはアウトドアで、Jazz Marqueeをもっとぐっとカジュアルにした雰囲気。ここで出会ったWay Out Westというバンドも素晴らしかった。メルボルン出身のトランペット奏者Peter Knightを中心に結成されたグループはベトナムの伝統的楽器(一弦のギターのような楽器)や西アフリカのパーカッションを取り入れた非常にエスニックなもの。メルボルンの多岐なエスニック社会を反映したユニークなバンド。こうしたサウンドに出会えるのもオーストラリアならでは。
そして何と言っても印象的だったのは、オーストラリアジャズ界を代表するピアニストMike NockがHoly Trinity Cathedral教会でおこなったピアノソロライブ。伝統ある教会の荘厳なスペースでMike のピアノが響き渡る。他の会場では、賑やかに音楽を楽しんでいたオーディエンスもここではおごそかにマイクの天から降り注ぐようなピアノを楽しんでいました。
夜はSt. Patrick's HallでAaron Choulaiのライブをエンジョイしました。他にはないまったくオリジナルなAaronピアノを中心とするセクステット。インドアの会場のオーディエンスはすっかりAaronの雰囲気に飲み込まれていました。
他にも素晴らしいオーストラリアジャズのミュージシャンたちが多彩なライブを繰り広げていました。そして、このフェスにはインターナショナルなビッグゲストも招かれています。今回の目玉はJohn ScofieldとJoe Lovano。彼らのスーパープレイは圧倒的でしたが、何と言ってもフェスティバルを一番盛り上げたのは、フェスティバルの終盤、John Scofieldがオーストラリアの若手No. 1ギタリストJames Mullerトリオと共演したのです。Johnのスーパーテクニックに負けずとも劣らないJamesのギターに拍手喝采。なんとふたりは同じギターを使っているそうで、JamesのJohnに対するリスペクトがふんだんに込められたステージでした。こうした世界のミュージシャンとの共演の場を提供するのもワンガラッタの素晴らしいところです。
夢のような3日間。オーストラリアジャズを心行くまで楽しみました。音楽はもちろん素晴らしかったけれども、何と言っても素晴らしかったのが、街全体がこのジャズフェスティバルを盛り上げているところ。まさに街自体がジャズ一色に染まるのです。音楽マニアも、単に祭りを楽しみに来た人も肩を並べてワイン片手にゆったりとリラックスしてジャズを、そしてジャズ祭の雰囲気を楽しむ、心の底から楽しめるフェスティバルでした。
そして、そんなオーストラリアのジャズ、そしてジャズを楽しむスタイルをもっと多くの日本の方にも知ってもらいたいと思います。私たちが生活のどこかで忘れている「何か」がそこにはあると思ってならないのです。
そんな思いを胸に、ひとりでも多くの方にこのオーストラリアジャズを知ってもらうためのプロジェクトの次なる展開に対する野望が沸々と湧いています...。オーストラリアジャズへの旅は始まったばかり...。
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