特集記事 - 美術館を楽しもう~オーストラリアの新しい魅力~
2006年7月
ギャラリーエデュケイター 杉浦幸子
毎年多くの方がオーストラリアを訪れていますが、皆さんオーストラリアのどこにひきつけられているのでしょう?豊かな自然と風景、マリンスポーツ、ユニークな動物たち・・・オーストラリアには色々な見所がありますが、今回注目したいのが「美術館」です。世界中に美術館はありますが、オーストラリアの美術館は、その歴史を背景に、地域ごとの特徴を生かした組織を作り、独自の展示やユニークなプログラムを企画しています。今回は、昨年オーストラリアを訪れリサーチをした3都市を代表する3つの美術館をご紹介します。
ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館(シドニー)
オーストラリアがまだイギリスの植民地だった1883年に創立されたニュー・サウス・ウェールズ州立美術館(以下AGNSW)は、州内の40近い美術館の中でも最大規模を誇っています(写真1)。
2003-2004年度の入場者数は150万人で、これは東京国立博物館の2003年度年間入場者数の約1.25倍にあたります。地上2階、地下3階建ての館内に、15の常設・企画展示室をもち、オーストラリア、ヨーロッパ、アジアの充実したコレクションを常時展示しています。
また、大小のレクチャールーム、ミュージアムショップ、メンバー専用スペース、3年前にリニューアルしたカフェとレストランは、アートを楽しむ人だけでなく、美術館を楽しむ人を惹きつけています。
この館の運営はすべてニュー・サウス・ウェールズ美術館法に基づいており、館長の元に「学芸部」「経理・運営部」「展覧会・施設部」「マーケティング・ビジネス部」の4部門が置かれています。
現在の館長は勤続27年という館内で最も長いキャリアを持つイギリス人、エドモンド・ケイポンさんです。日々館内を巡り、作品やお客様に眼を配りつつ、外部に対しては美術館のPRを行い、多くのスポンサー、メンバーを集めています。
「パブリックプログラム」は、人と美術館、人とアートのコミュニケーションをサポートするさまざまなプログラムですが、AGNSWでは、一般の来館者や地域に住む人たちに向けて、展覧会やアート全般に関したシンポジウムやレクチャー、展示室で作品を見ながらコミュニケーションをするギャラリートーク、参加者が場を共有し、モノを作ったり、ディスカッションをするワークショップなど、さまざまなプログラムを行っています。
またそれだけでなく、小学校から大学まで、学校で学ぶ学生や先生を対象とした「エデュケーションプログラム」も行っています。部門長のブライアン・ラッドさんは、1979年からAGNSWに勤務し、長年に渡ってパブリックプログラムを作り上げてきました。
2003年にパブリックプログラムを利用した人はなんと29万人。計算すると一日平均約800人が何らかの形でパブリックプログラムを利用していました。
AGNSWの活気を生み出す上で「パブリックプログラム」が大きな役割を果たしているのが分かります。
具体的なプログラムをいくつかご紹介しましょう。例えば、毎週水曜日の夜に行われる「アート・アフター・アワーズ Art After Hours」。その日は遅くまで美術館がオープンし、セレブリティによるスペシャルトークやコンサート、シネマ、またその合間に一杯飲めたりなど、大人向けのさまざまなイベントが用意されています(写真2)。
また、毎週日曜日は、子どもたちのための「ファン・デイズ Fun Days」。作品に描かれた人物が抜け出して、子どもたちに美術館を案内するという設定のファミリー向けのプログラムです。
私が見た回では、イギリス19世紀ビクトリア時代の画家エドワード・ポインターEdward Poynterが描いた「シバの女王のソロモン王訪問 The visit of the Queen of Sheba to King Solomon」に描かれた「シバの女王」に扮したパフォーマーが身振り手振りを交え、子どもたちに話しかけ、7から8作品を楽しく一緒に見て回りました(写真3)。
このプログラムの良いところは、出入りが自由なのでかなり低年齢の子ども連れでも気軽に参加できるのと、同行する大人たちが、自分たちだけで作品を見る時とはまた違った視点から作品と出会うことができるところです。
またオーストラリアは、多くの移民が集まり、生活する「多文化国家」です。その特徴をうまく活かしたプログラムが「コミュニティ・アンバサダー Community Ambassador」です。
研修を受けたボランティアスタッフが、日本語、北京語、広東語、ベトナム語で、館の歴史を紹介したり、常設展を一緒に診て回ります。母国語が英語でない人も気軽に美術館が楽しめる機会を提供します。「コミュニティー」から集まったボランティアスタッフが「大使」として美術館を案内する。このネーミングからも、この美術館が、シドニーの多彩なコミュニティーに開かれていることが伝わります。
ここに挙げたプログラム以外にも、さまざまなプログラムが行われていますが、その多くが曜日を決めて定期的に行われているので、シドニー観光の新たな楽しみとしてぜひ参加してみてください。
- ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館
- 「アート・アフター・アワーズ Art After Hours」
- 「ギャラリーキッズ Gallery Kids」
- 「コミュニティ・アンバサダー Community Ambassador」
ナショナル・ギャラリー・オブ・ヴィクトリア(メルボルン)
シドニーから飛行機で約1時間、オーストラリア第2の都市メルボルン。「ガーデン・シティ」と呼ばれるこの街は非常に緑豊かで、街の中央を流れるヤラ川の南北に広がっています。そのヤラ川の両岸に本館と分館の2館を擁するのが、ナショナル・ギャラリー・オブ・ヴィクトリア(NGV)です。
1861年にヤラ川南岸に開館、そして2003年に「NGVインターナショナル」としてリニューアルし、さらにそこから徒歩で5分、ヤラ川北側畔の街の中心地フェデラル・スクエアに分館「イアン・ポターセンター NGVオーストラリア」(写真4)を開館しました。現在はこの2館を総称してNGVと呼んでいます。
本館「NGVインターナショナル」では、その名の通り、世界中から集められたアート作品を見ることができますが、私のおすすめは分館「イアン・ポターセンター NGVオーストラリア」です。
建物が非常にユニークで一見美術館には見えないこの館には、イギリスがオーストラリアを植民地とした頃から現代までの作品に加え、アボリジニたち先住民族が生み出した作品まで、ナショナル・ギャラリー・オブ・ヴィクトリアが所蔵していた2万点以上のオーストラリアのアート作品が集められ、自国オーストラリアのアート作品が一望できる一大オーストラリアアートセンターになっています。
リニューアルオープンした2003年から現在まで「イアン・ポターセンターNGVオーストラリア」を200万人以上が訪れていますが、先に紹介したAGNSW同様、この集客に重要な役割を果たしているのが、人とアートをつなぐパブリックプログラムです。2003年度、パブリックプログラムの利用者は約16万人。パブリックプログラムをきっかけに非常に多くの人がこの美術館を訪れています。
本館、分館2館合わせたNGVの特徴を2つ挙げたいと思います。
A.自国オーストラリアを学ぶプログラム
分館にオーストラリア美術のコレクションが一堂に集められたことで、自国オーストラリアについて深く考え、知るきっかけとなるプログラムを組むことが可能になりました。イギリスの植民地政策中やそれ以降に生み出された西欧の影響を受けたアート作品だけでなく、先史以来営々と続くオーストラリアの歴史から生み出された作品を併せて利用することで、バランスよく、自分の国について知るプログラムづくりが可能になっています。私が訪れた時には、スクールプログラムに参加している学生が数多く来館し、中学生がイギリスの植民地期間中の作品を見ながら、その時代についてディスカッションをしたり、小学1年生が、アボリジニの作品を通して、当時の人々の生活や言語について学んでいました。
B.子どものためのプログラム
AGNSWと同じくNGVでも、子どもたちが美術館やアートに親しむサポートが行われています。その中でも注目したいのは、「情報提供」というサポートです。NGVのサイトを覗いてみると、「こどもとNGVを訪れる親のためのヒント Tips for parents visiting the NGV with young children」というコーナーに、こどもと一緒に美術館を楽しもうという親たちに向けたインフォメーションが提供されています。その中の一つ「子どもと一緒にNGAで行う10のアクティビティー 10 activities for young children visiting the NGV」には、「子どもに関係した作品を見て見ましょう」「見ると笑ったり、悲しくなる作品を見つけましょう」といった、子どもと一緒に美術館を楽しむヒントが書かれています。
これを参考に、お子さんとオーストラリアの美術館散歩をしてみてはいかがでしょう。
クイーンズランド州立美術館(ブリスベン)
最後にご紹介するのは、オーストラリア第3の都市、ブリスベンに建つクイーンランド州立美術館です。(写真5)
1895年に設立され、1982に現在のブリスベン川南岸、クイーンズランド文化センターの一角に落ち着きました。この館の名前を国際的に知らしめたのは、1993年から3年に一度開かれている「アジア・パシフィック・トリエンナーレ(APT)」という、アジアと太平洋エリアの意欲的な現代アートを紹介する国際展です。
第5回APTは、2006年12月から隣に新しくオープンする現代美術館(分館)で実施され、2人の日本人を含む35人のアーティストが出品します。その頃、オーストラリアに行く予定があれば、ぜひブリスベンにも足を伸ばしたいところです。
私が2005年に訪れた時には、館内に広がる池の中に、日本人アーティスト草間彌生の作品が浮かび、訪れていた高校生や、お母さんと遊びに来た小さなこどもたちが楽しく作品に「触れて」いました(写真6)。
美術館では作品に触ってはいけないのに、と思われる方もいると思います。確かに保存上の理由から普通は「作品には触らないでください」という注意書きがついているものですが、この作品にはこういう注意書きが付いていました「Please touch the balls gently (作品に優しく触ってね)」(写真7)。
この作品はステンレスでできた球で、優しく触れば作品を壊すことがないのでこうしたことが可能になったのだと思いますが、「Please do not~(~しないでね)」ではない案内を美術館で見たのは初めてでした。一言こうした言葉を添えることで、アートと人の間に新しい関係を作ることができます。
またこの池のある展示室に隣接するカフェに入ったところ、ケーキが入っていたショーケースが草間彌生風にデコレーションされていました(写真8)。
また壁には若手アーティストの作品が展示されていました(写真9)。これはクイーンズランド州で活動する25歳以下の新進アーティストをサポートする「スタータースペース Starter Space」という企画で、カフェという多くの人が集まり、リ ラックスする場所をうまく利用したプログラムとなっています。
「触れる」展示、カフェで楽しむ若いアーティストたちの作品、こうした肩の力の抜けたゆったりしたアートとの出会いをクイーンズランド州立美術館は提案してくれます。
*クイーンズランド州立美術館は、改修工事のため2006年8月1日から12月1日まで休館します。
急ぎ足でしたが、オーストラリアを代表する3つの美術館を紹介しました。それぞれ地域の特性を生かし、ユニークで魅力的なプログラムを行っています。次回オーストラリアを訪れる時には、ぜひ「美術館」をスケジュールに入れて、新たなオーストラリアの魅力に触れてください。