アーティストがオーガナイズする - オーストラリアのメディアアート・フェスティバル
福田幹 (株式会社ゴーライトリー代表、女子美術大学短期大学部非常勤講師)
2010年1月
オーストラリアとメディアアート
オーストラリアが実はメディアアートが大変盛んな国だということは意外に知られていません。オーストラリアからアボリジニアートや自然をテーマにしたアートをイメージすると、最新のコンピュータやネットワーク技術を駆使するメディアアートは一番遠いような気がします。しかし、オーストラリアの各都市では、もう何年も継続しているメディアアート・フェスティバルがあるのです。またオーストラリアのメディアアーティストは世界的な評価を得て活躍しています。ステラークやジェフリー・ショーといった大御所だけではなく、若い世代が活躍し、たとえば、いまバイオアートの世界ではスター的存在のSymbioticAもパースを拠点にしているグループです。
そもそもメディアアートと一言で言っても内容は千差万別。鑑賞者の行為や操作によって映像や音響が変化するインタラクティブなインスタレーション、インターネットを表現の場にしているネットアート、新しい音響と聴覚の体験を探るサウンドアート、一般企業の開発部門が思い浮かばないような発想で装置(デバイス)を開発するデバイスアート、テクノロジーと身体の現代的な関係性をステージ空間に追求するメディアパフォーマンス、バイオテクノロジーとアートのコンセプトを結びつけたバイオアートなど、メディアアートとくくられるアートの範疇は簡単には定義不可能なくらい広範です。私は、まだ生まれたばかりの技術と産業界の予想を裏切るアイデアから作品を作ることで、新しいメディアそのものを生み出そうとする冒険者のことをメディアアーティストと呼ぶのだと思っています。
そんな何でもありで新しいことが大好きなミーハーなメディアアートが、なぜオーストラリアで盛んなのでしょう。現代美術では、欧米のマーケットが中心になっていて、マージナルな国から参入するにはどうしてもエキゾチシズムをまとうことになってしまう。しかし、ここ20〜30年くらいの間に生まれたメディアアートなら、どこの国出身なのかは、作品のテーマに地域性を盛り込まない限り、気にならない問題なのです。またメディアアーティストは頻繁に移動します。さらに彼らがSecond Lifeなどのバーチャルな世界で表現活動を行っていたら、どこの国の出身かなんてことを聞くことがナンセンスなくらい。グローバライゼーションの黎明期にメディアアートが生まれ、それと同時に成長していったことは偶然ではありません。元々移民が多く、移動することを厭わないオーストラリアのアーティストにとって、世界各地で開催されるメディアアートのフェスティバルをはしごしながら活動していくことは容易なことだったのではないでしょうか。
さて、メディアアーティストが多く活躍する日本とオーストラリアでは、明らかに違う点がいくつかあります。
ひとつは日本のようにテレビゲームの文化が深く浸透しているわけではなく、一般の人々のメディアリテラシーや先端的な技術への関心が日本ほど高くないこと。日本の秋葉原に相当するようなエレクトロニクスパーツを買いそろえられるような電気街などもちろんありません。また、メディアアートの潜在的な受け手がそれほど多くない状況で、それを普及するためのICC(NTTインターコミュニケーションセンター)やYCAM(山口情報芸術センター)、せんだいメディアテークのようなメディアアートを専門にしたアートセンターもありません。強いて言うと、メルボルンのACMI(Australian Centre for the Moving Image)がメディアアートの展示をしたり、シドニーのPerformance Spaceがメディアパフォーマンスをとりあげているくらいです。
と、ここまでは日本が優位に見えますが、しかし、その内実を見ると驚かざるを得ません。しっかりした施設があり、メディアアートを教える学科を持つ大学がこんなに増え、「メディアアート」や「インタラクティブ」という言葉もある程度浸透した日本に比べて、オーストラリアのアーティストのほうが元気で組織力を持っているように思えます。大きな組織が主催しているわけではない、アーティスト・イニシアティブによる手作りのフェスティバルがいくつも継続して開催されているのです。私には、目立った施設がないのにフェスティバルは盛んという状況がずっと不思議でした。これは現代美術と同様、アートカウンシルの手厚いサポートから生み出されているのです。たとえば、日本でなら助成金申請は一年前に締め切られることが多いのですが、オーストラリアでは海外での展覧会やシンポジウム、ワークショップの参加が奨励されていて、渡航費援助などの申請は随時受け付けられています。アーティストだけでなく、キュレータも助成を受けられるので、グローバルな活動をしやすい。大きな組織がなくても個人が動きやすい、またアーティスト・イニシアティブが継続して活動できるような公的サポートがあることが、「施設がないのにフェスティバルがある」状況を生み出しているのです。
メディアアート・フェスティバル
そんなうらやましいようなオーストラリアのメディアアート・シーンで走り続けるフェスティバルをいくつか紹介したいと思います。Experimenta
オーストラリアのメディアアート・フェスティバルで最も知名度が高いのはExperimentaでしょう。1986年にメルボルンで創設され、オーストラリアのメディアアートの発展を牽引してきました。メルボルンだけでなく、オーストラリアの多くの都市を巡回するビエンナーレ、コミッションワーク、地域を基盤にしたプロジェクトを行うExperimentaLABを行っています。Experimentaのショーケースは2000年代に入ってからは、英国やシンガポール、韓国、日本(せんだいメディアテーク)でも紹介され、ますます活動の域を広げています。紹介されているアーティストは、国内外の若手からエスタブリッシュされたアーティストまで幅広く、日本のアーティストとして深沢直人、鳥光桃代、minim++らが紹介されています。次回のビエンナーレは2010年に開催される予定。また、2008年からはメディアアートのキュレーションをテーマに専門家のためのフォーラムを開催し、新しい分野の人材育成にもあたっています。
Digital Fringe
メルボルンでは、小規模なDigital Fringeというフェスティバルも行われています。これは、Horse Bazzarが主催しているフェスティバルで、メルボルンの街のなかのパブリックスペースで国際的な若手を支援するコンペティションによって選ばれた作品が展示されます。また、街頭のビルの壁面を使って大きくプロジェクションを行うプロジェクトも行っています。Horse BazaarはJustin SchmidtとSimeon Moranの二人が2005年にオープンしたメディアアート・バーで、後述するWest Spaceの近くに位置しています。店のなかにセットされている6台のプロジェクターで、アーティストの映像作品が上映されており、イベントも頻繁に開催されています。
ElectroFringe
ニューキャッスルで12年に渡って開催されているElectroFringeも、地域に根ざしたフェスティバルとして注目されています。このフェスティバルの特徴は、若いアーティストが企画運営を行っていること。大きな組織が行っているわけではないので資金に限界がありますが、オーガナイザーの熱意がダイレクトに伝わるフェスティバルです。展覧会は通常の展示室ではなく、街のなかのパブリックスペースで公募によって集められた作品が展示されます。15くらいのワークショップも行われ、一般の人々も参加しています。パフォーマンス作品の上演では、終了後に観客も含めたディスカッションが行われます。2008年には、このフェスティバルとSound Summit、National Young Writers' Festival、Critical Animalなどの若い世代が中心となった団体が共同でTHIS IS NOT ARTというフェスティバルを開催しています。
メディアアーティスト・ランニング・イニシアティブ
「アーティスト・ランニング・スペース」とは、オーストラリアのアーティストに会ったり、現代美術のギャラリーの人に会うと頻繁に耳にする言葉で、アーティストが自主的に運営しているスペースを指します。メディアアートでは実際にギャラリーのようなスペースを持ってはいず、フェスティバルが開催されるときに結集したり、小規模の展覧会や公演、出版物をプロデュースをする団体があり、「スペース」ではなく「イニシアティブ」と呼ぶことがあります。前述したフェスティバルやこれから紹介する団体のディレクターは、美術史を学んだキュレータやプロデューサーではなく、もともとは自分も作品を作るアーティストである場合が多いのが特徴です。
d/Lux media arts
シドニーを拠点にするd/Lux media artsは、オーストラリアのメディアアートのイニシアティブとしては最古参。ディレクターのDavid Cranswickを中心に、展覧会や出版、コミッションワークなど活発に行っています。フィルムやビデオアートが主だった80年代にはSydney Super 8 Groupとして、90年代にはSydney Intermedia Network [S.I.N.]として、2000年以降はd/Lux media arts として、その27年に渡る活動のアーカイブを所蔵しています。2006年にはそれまでの作品を集めた展覧会SynCityを開催し、DVD付きのカタログを発行しています。
Aphids
メルボルンの南に位置するリゾート地セントキルダにあるAphidsは、1994年からメディアアートやパフォーマンス、音楽作品など超領域的な作品を国内外でプロデュースしている非営利の組織です。作曲家であるDavid YoungとアーティストでキュレータでもあるThea Baumannらが中心となって、さまざまな分野のアーティストを結ぶコラボレーションワークの企画や若手作家向けのアーティスト・イン・レジデンスのプログラムを国内外の組織と連携して行っています。2007年には横浜のBankART 1929とも提携してレジデンス・プログラムを実施しました。現代美術ギャラリーのLinden Center for Contemporary Artsの上階にオフィスがあります。
West Space
メルボルンのWest Spaceの活動は、メルボルン市の支援のもとに16年続いていて、研究、出版、批評、プロジェクトの推進、若手作家の支援を行っています。現代美術のアーティスト・ランニング・スペースとしてよく知られていますが、2009年にディレクターに就任したPhip Murrayは、RMITのメディアアート学科を卒業したメディアアーティスト。今後、メディアアートも活発に紹介していきたいと意欲的です。アーティストだけでなく、キュレータや批評家を養成するためのフォーラムや教育プログラムも企画しています。
メディアアートをサポートする組織
上記のさまざまなアーティスト・ランニング・イニシアティブをサポートしたり、連携して一緒に企画をする、インデペンデントと公的機関の中間的な存在としてMAAP(Multimedia Art Asia Pacific)やANAT(Australian Network for Art and Technology)があります。これらが、メディアアートセンターの代わりに、オーストラリアのメディアアートを普及し、根付かせ、世界にアーティストを送りだす役割を果たしていると言えるでしょう。
MAAP
ブリスベンのMAAPは、アジアパシフィックの領域にまたがるアートシーンを対象に研究や展覧会の企画をしているNPO団体です。ディレクターのKim Machanは、1998年の設立以来、7つの国際展を国内、上海、シンガポールで開催し、11カ国の組織と連携しています。またアーティストに対する展覧会の機材のリースやレジデンス・プログラムを支援するだけでなく、キュレータ同士のネットワークの構築も積極的に行っています。2010年の上海エキスポではLight from Lightという大規模なメディアアート展を企画しています。
ANAT
アデレードにあるオーストラリア・アートカウンシルの管轄下の組織で、1998年に設立されて以来、アートとサイエンス、テクノロジーにまたがる領域について研究、支援しています。インスタレーション、サウンドアート、ネットアートなど多様なコミッションワークやイベントも他団体と連携して活発に行っています。また、オーストラリアだけでなく、各国のメディアアートの現在を伝える定期刊行物を年3回発行し、グローバルなメディアアート・シーンでの積極的な情報発信と行動により、その存在感を印象づけています。前述したメディアアーティストが海外で活動するときの渡航費のサポートはANATが行っています。(2009年は金融危機の影響により一時的に休止)
いざ、メディアアート・フェスティバルへ
さて、もしアート好きの読者の方がこれからオーストラリアを訪ねるなら、美術館やギャラリーだけでなく、メディアアート・フェスティバルに参加することをぜひお薦めします。そこでは、美術館やギャラリーでは味わえない新しい体験ができるでしょう。フェスティバルでは、あなたの職業が何であろうと「参加する」ことができます。一方的に観客としてだまって作品を見て終わりということはありません。インタラクティブな作品に何らかのアクションを行うパフォーマーとして、あるいはワークショップの参加者として、アーティストと意見を交換しあう質問者として、またはあなた自身がそこで現在進行形の作品を生み出すクリエイターとして、メディアアートを体験することができるでしょう。頭と体と五感をフルに使ってわくわくするような体験ができるのが、メディアアート・フェスティバルなのです。
オーストラリアのメディアアートの展覧会やメディアパフォーマンスの公演、フェスティバルについての情報はRealTimeに掲載されています。フリーペーパーで、主要なギャラリーや劇場などで入手することができますが、現地に行く前にwebでチェックすることもできます。きちんとしたレビューも掲載されていて、このクオリティのカルチャー誌がフリーで出ていること自体が驚きです。オーストラリアのシーンに限らず、特にメディアパフォーマンスに関心のある方には重宝する情報が満載されています。見つけたらぜひ一度見てみてください。
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