「オーストラリアのメディアアートと充実の大学研究組織」
大阪電気通信大学教授 原久子
ヴェネチアビエンナーレのオーストラリアパヴィリオン代表作家の最近の傾向を見ても、映像を用いた作品が多いことはわかる。パトリシア・ピッチニーニ(2003年)や今年(2009年)代表となったショーン・グラッドウエルも国際的な活躍をするアーティストだ。私自身の興味とも重なるところがあるからという理由はさておき、写真、映像、そしてインタラクティブ性をもつテクノロジーを用いたメディアアートがオーストラリアではたいへん盛んであるという印象をもつ。
オーストラリアの現代アートシーンといっても、ひとつの側面からだけで語り尽くすことはできない。さまざまなアートシーンのレイヤーが錯綜する中、その一断面として語るべき重要な位置にメディアアートがあると言えよう。
作り手たちがどのような環境で育成され、また制作しているのか、大学内にあるメディアアート関連の研究組織を中心にレポートしてゆくことにしたい。
メルボルン、ここは大学の街といってもいいほど規模や内容も充実した歴史のある大学が多い。まず訪れたのはRMITと通常呼ばれているRMIT University(ロイヤルメルボルン工科大学)のSIALだ。市内の中心部に点在する50以上に及ぶ建物からRMITのキャンパスが構成されている。Spatial Information Architecture Laboratory という正式名称をもつこの研究所は、研究者たちがさまざまなプロジェクトにチームで携わりながら研究を進めている。建築のみならずファッション、ダンスなども含むさまざまな表現分野とテクノロジーを融合させたものなど幅広いトピックを扱い、博士(PhD)課程の学生たちもそれぞれの研究テーマに取り組むとともに、教授や研究員らの研究チームに加わり経験を積んでいく様子も垣間見られた。
SIALにおける特筆すべきプロジェクトとしては、バルセロナで建設中のガウディが設計した教会建築(サグラダファミリア教会)に関するものだ。毎週1回、地球の裏側にあるバルセロナとインターネットを用いてテレビ会議を行っている。ガウディの図面から、現代の建築家が、最新技術を用いてコンピュータやそのデータから忠実に導き出された3Dモデリングされた建物を構成する石のパーツの模型を作り出し、教会の完成へ向けて建設に参加している。肉体と頭脳が16,827 km離れて存在しながら、作業を進めることになるとはガウディの時代なら想像もできなかっただろう。
メルボルン近郊に複数のキャンパスをもつモナッシュ大学には、芸術学部のほか、法学、教育学、情報工学、薬学・看護・健康科学、商学・経済学などが10学部ある。クレイトン校地とコウルフィールド校地の両方のキャンパスにまたがってCEMA(Centre for Electronic Media Art)の研究室があり、8人の専任スタッフがいる。私を迎えてくれたのは、コウルフィールド校地に研究室をもつトロイ・イノセント氏。デジタルゲームやインタラクティブ作品などの制作・研究を行なうイノセント氏は、iPhoneアプリの開発や、公共空間でのメディアアートのプロジェクトなど研究を応用し、研究室では複数のプロジェクトを大学院生たちとともに進めている。
イノセント氏はファインアートや建築専攻などが入っている校舎を案内してくれた。CEMAでは人口知能、プログラミング、コンピュータグラフィックスほかエレクトロニック技術を用いたさまざまな研究対象があるが、空間を設計することや、絵画、インスタレーションなど、実際に物質的なモノづくりを実践する場が隣接していることが、CEMAでの研究に大きく影響しているように感じられた。
シドニーのニュー・サウス・ウェールズ州立大学(UNSW)のiCinemaは、メディアアート界の大御所ジェフリー・ショー教授が所長(2009年9月からは香港の研究組織へ異動予定)を務める研究所だ。研究所を訪問すると、ショー教授自らプロジェクトのデモンストレーションを見せてくれた。円形に周囲を取り囲むスクリーンが360度パノラマに映像が映し出され、円の中心に設置されたコントローラーの位置に、専用グラスをかけて立ち、体験する仮想現実の世界は、視覚だけの体験なのにも関わらず、空間を体感できるものだった。彼が90年代に制作した作品を発展させたもので、その完成度や技術的な精度に驚かされた。特殊なカメラによる撮影技術や、立体映像技術のみならず、インターフェイスを懐中電灯型にしたり、さまざまな工夫もなされている。カンボジアのアンコールワット遺跡を撮影して体験できるようなコンテンツを制作するなど、作品のために開発された技術を応用するかたちで、ビクトリア博物館のような博物館のアーカイヴをより充実させることにも彼らの技術が役立っている。こうした研究開発はUNSW単独で行なわれているのではなく、プロジェクトによっては、RMITやモナッシュ大学など異なる州にまたがる他大学との共同研究というかたちもとられている。
日本の場合、芸術系大学は単科大学で他の分野とのコラボレーションの機会にこれまであまり恵まれてこなかった。しかし、オーストラリアの場合は、総合大学のなかにあって、アートとサイエンス、テクノロジーの融合を可能とする場が多く用意されている。
大学は教育の現場でもあるが、同時に新しいプロジェクトが動く研究の場でもあるのは日本と変わりない。しかし、メディアアートの場合、大がかりな作品を制作しようとすると充実した機材やスタッフも必要となる。それを準備できる環境がオーストラリアにはあるということを目の当たりにして、非常にうらやましくもあり、またこうした事例を日本でも参照することができるだろうと思った。
国際的な活躍を息長く続けてきたアーティスト、ステラーク(1946年生)やジェフリー・ショー(1944年生)の名を聞けば、オーストラリアのメディアアートの全貌を知らない人であっても、この国のメディアアートとの関わりの深さを感じるのではないだろうか。
ACMI(The Australian Centre for the Moving Image)は映像、ゲーム、ネットワーク作品ほかメディアアートを専門に扱う施設。メディアアートのプロモートや展覧会の企画運営を専門に行なうExperimentaのような組織も存在する。FOXスタジオに隣接するAFTRS (Australian Film Television and Radio School)のように映画やアニメーション等のエンターテイメント分野のプロを目指すクリエーターの養成と商業コンテンツをプロジェクトとして制作できる設備が整った学校もある。
また、サイエンス、テクノロジーの懸け橋となり、文化を産業と結びつけていくことなど、アーティストのサポートのほか、さまざまなプロジェクトとつなぐコーディネイトをおこなうANAT(Australian Network for Art and Technology)は、すでに20年以上の活動歴をもつ。メディアアートを取り巻く環境は、日本の現状と比較するとかなり充実している。
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大阪電気通信大学 デジタルアート・アニメーション学科 アートプロデューサー
原久子教授のインタビュー -
アーティストがオーガナイズするオーストラリアのメディアアート・フェスティバル
世界的な評価を得るオーストラリアのメディアアート。その発展の理由を、アーティスト主体によるフェスティバルや、アーティスト・ラン・スペース、更にその周辺環境をサポートする組織、などへの取材を通じて、福田幹さんがお伝えします。 -
New Media Gallery 2001
オーストラリアと日本との間で創作活動の可能性を広げる目的のもと、新しいコミュニケーションスタイルを創造、人々を新しい形のコンテンツへつなげていく、そんなアーティストをご紹介しました。 -
ニュー・メディア・アートNew Media Art
※ EAR ON ARM「腕の耳」は、組織培養の技術を用い、人工的に前腕の部分に形成されたものである。合成ポリマーには組織が成長し、血管化がおこっている。耳の渦巻き形の部分は、持ち上げられ、柔らかい耳たぶの部分は、幹細胞とともに成長する。電子工学を応用した耳には、WiFiでインターネットも可能だ。顔の様々な部分は複製、移動でき、また新たな性能につなぐことも可能だ。このプロジェクトは、代替の解剖学的構造を探求するものである。
ステラーク