特集記事 - アートの溢れる街、メルボルン - ヴィジュアル・アーティスト 加藤チャコ
「オーストラリアで美術をやることにした」、と14年前こちらに移住する時友達に言ったら「え?なんでまた?」という反応がよくあった。「アートならNYやロンドンでしょう」、と普通は考えるからだろうが、どうして、どうして。
オーストラリアはアートの市場こそ小規模かもしれないけれど、人々の芸術に対する思いはどこにも負けないほど熱い。統計によればビクトリア州では15歳以上の人口の約24.5%は年に数回美術館やギャラリー施設を訪れるというし、何らかの文化施設でボランティア活動をする人は年に5万人以上もいるという。
アートの溢れる街、メルボルン
特にメルボルンは「芸術の都」と謳っているだけあって、街中ではオペラから路上演奏まで毎日のように楽しい催しが目白押しだ。まず街の真ん中を流れるヤラ川の南側へ行ってみよう。左手には広大な王立植物園が広がる。
右手にはアート・センター(the Arts Centre)と呼ばれる一角がある。バレリーナを模したような華麗なタワーが目印だ。この地下にはオペラ、演劇、バレエのための大規模な州立劇場(The State Theatre)がある。隣にはオーケストラのコンサートホール、そして噴水の壁で知られるナショナル・ギャラリー・オブ・ビクトリア・インターナショナル (NGV - National Gallery of Victoria, International)が軒を連ねる。
現代アートに興味があるなら、そのままアート・センターの南側サウスバンクの一角へ足をのばしてみよう。まずメルボルン大学の芸術学部にあたるビクトリアン・カレッジ・オブ・ジ・アーツ(Victorian College of the Arts) があり、学生の展示が見られるギャラリーもある。
ここはオーストラリア有数の総合芸術大学、生徒の作品も見応え十分だ。そしてその向かいに、リチャード・セラの彫刻かと見間違うような、巨大な鉄板建築の美術館、オーストラリア現代美術センター(ACCA - Australian Centre for Contemporary Arts)がそびえ立つ。ここでは内外の現代最先端の美術をたっぷり楽しめる。その横には雰囲気のよいシアターカフェ、モルトハウス劇場(Malthouse theatre)がある。中庭が広場になっているので、アート鑑賞の後のんびりと青空を仰ぐのも悪くない。
近未来的なメタリックの現代的建築が街に強烈な印象を与えている。ここには古典映画から前衛アニメまで新旧のあらゆる動画を扱っているオーストラリア映像センター(ACMI - Australian Centre for Moving Image)と、NGVオーストラリア・イアン・ポッター・センター(The Ian Potter Centre, NGV Australia)がある。
ここではアボリジナル・アートから、国内の現代作家まで幅広く鑑賞できる。ヤラ川沿いのビララング・マール公園(Birrarung Marr)にはアートプレイ(ArtPlay)という芸術センターがある。ここは小学生以下の子供を対象にワークショップを行う場所で、多くの現代アーティスト達も講師を勤めている。
屋外にも楽しい遊具のあるスペースがあり、だれでも立ち寄ることができる。子供のために存在する実に貴重、かつユニークな場所だ。また、その公園内には季節になると世界に誇るオーストラリアのサーカス・オズが華やかなテントをたてて、メルボルンの観衆を喜ばせている。
その他にもミュージカルが見られるプリンセス・シアターや王立劇場(Her Majesty's Theatre)など、歴史的建築物の由緒ある劇場がメルボルン市の街の中に点在している。
広がるアーティスト達の活動場所
さらにメルボルン市街の周辺にはメルボルン大学イアン・ポッター美術館(The Ian Potter Museum of Art)、ロイヤル・メルボルン工科大学(RMIT)のストーリー・ホール(Storey Hall)など見応えのある美術施設がたくさんある。
また10分ほどトラムに乗れば、非営利のアート組織、アーティスト・ラン・スペースなどアーティスト達が運営しているギャラリーがメルボルンの街中にちりばめられている。メルボルンの北東へ約3キロ、フィッツロイの近辺はカフェ、ブティック、本屋、画廊が並ぶ「芸術系若者の街」として知られる。
中でもはずせないのはガートルード・コンテンポラリー・アート・スペース (Gertrude Contemporary Art Spaces)だろう。大きなギャラリー空間ではメディア系アートを中心に内外の優れた作品を紹介している。ここは非営利で政府の助成金等で運営されている。
2、3階には大きなアトリエが計16あり、若い作家を対象に安価で提供している。海外アーティストが滞在するレジデンス・プログラムもあり。(詳細はウェブサイトを参照のこと)
南へ20分ほどトラムに揺られると、海辺の街セント・キルダにたどり着く。リンデン・コンテンポラリー・アート・センター(Linden - Centre for Contemporary Arts)はビクトリア朝の歴史的な家屋を改造して作られたギャラリーで、暖炉や煙突などそのまま残されており、独特な空間が特徴。ここも非営利で運営され、読書会や素描教室など多彩な形で市民にも開放し、愛されている。
アーティスト・ラン・スペースというのは、アーティスト自身が組織をつくり場所をみつけ、助成金などによって画廊を運営する場所のこと。現在メルボルンには老舗のウェスト・スペース(West Space)を筆頭に、キングス・ARI(Kings Artist Run Initiative)、 バス (Bus Gallery)、ブラインドサイド・アーティスト・ラン・スペース(Blindside Artist Run Space Inc)、 ユートピアン・スランプス(Utopian Slumps)、 ヘル・ギャラリー(Hell Gallery)、TCB・アート(TCB art inc.)、セブンス(SEVENTH)、コニカル(Conical Inc)などが幅広く点在する。
この場で各々のギャラリーに言及することができないのが残念だが、それぞれに建物、地域の特徴などがあり、気さくで楽しい雰囲気な所が多い。基本的にアーティストがお金を出してスペースを借りるわけだが、日本の貸し画廊と基本的に違うのはアーティストが運営している、営利ではない、という点。(おそらく賃貸料も一桁値段も違うだろう)。
調べたところ、海外からの申請も受け付けるというところが多いので、旅行がてら展覧会を開くのも悪くないのでは?是非チェックしてみてほしい。
ギャラリーを使わずに街自体をアートの舞台とする試みも多い。メルボルン市が主催しているレインウェイ・コミッションズ(Laneway Commissions)というプロジェクトもそのひとつ。これはアーティストが自分で展示場所と展示方法を街の裏通りから選び出し、企画を提出し、制作助成金をメルボルン市から得るというコンペティション形式になっている。
発表期間は4~6か月間と長く、24時間いつも観られるのが嬉しい。他にもメルボルンのアーバン・スカルプチャー賞(Melbourne Prize for Urban Sculpture)がフェデレーション・スクエアを舞台に開催されている。また、恒例となっているメルボルン・フリンジ・フェスティバル(Melbourne Fringe Festival、毎年)、ネクスト・ウェイブ(Next Wave、隔年)というメルボルンの街をあげてのおおきな芸術祭にも何百というアーティストが参加しているし、何万という市民がそれを享受している。
郊外で楽しむアート
しかし、これだけではメルボルンのアート・シーンを語ったことにはならない。是非とも、街中から脱出してほんの少し外へでかけてみることをお勧めする。車か電車で40分-1時間半程度、遠足気分で行ける所がほとんどだ。
新鮮な空気とオーストラリアの現代の美術がたっぷり味わえ、のんびりできる。美しいビーチとワイナリーで有名なモーニントン半島には、マクレランド美術館(McClelland Gallery + Sculpture Park)、モーニントン半島美術館(Mornington Peninsula Regional Gallery)がある。
双方とも良質な企画展で名高い。マクレランド美術館は野外美術のコレクションが充実していて、ピクニックやお散歩にも最適。2年に1度、大きな野外彫刻展が開催されている。(我が家のチビ息子は毎年自転車持参でまわる)。カフェやショップも充実しているのが嬉しい。
モンタルト彫刻展(Montalto Sculpture Prize)はモンタルト・ワイナリーが主催している彫刻展だ。作品鑑賞でゆっくりと美術を堪能した後は美しい夕暮れをみつめながらキリリと冷えた白ワインを一杯、、、、。
これこそ、ゆっくりとオーストラリアの文化の本質を満喫するにふさわしいやり方ではないか。ちなみにここではオペラやコンサートまで毎年恒例で開催されている。またその近くのワイナリーの観光地、ヤラバレーでも、イエリング・ステーション(Yering Station)という一流ワイナリーにおいて彫刻展が行われているし、すぐ近くのヒールスビルには美しい自然の中に、現代の興味深い企画を開催するタラワラ美術館(TarraWarra Museum of Art)がある。
他にもウェリビー公園で行われるヘレン・ランプリエール彫刻賞(Helen Lempriere National Sculpture Award)は、国で一番権威のある野外彫刻。このコンペティションももうすぐ10年目をむかえる。
自由でのんびり、オーストラリアのスロー・アート
さて、そんな多彩なアート環境の中で私が今一番興味をもっているのはエフェメラル(残らないアート)な作品を作るアーティスト達である。彼らの、既存の制度や作品制作方法に頼らず自分で発表形態を模索する姿は、オーストラリア社会全体にみられるDo It Yourselfの精神に重なるように思われる。(私はこうした彼らの多様な試みを他のスロー哲学と重ね合わせ「スロー・アート」と呼んでいる)。
数人のアーティストをご紹介しよう。昨年ネクスト・ウェイブ・フェスティバルにて、埋め立て地から廃棄物の山を運んできて、渾然一体とした展覧会を行い話題をさらったアッシュ・キーティング(Ash Keating)、取り壊しの決まったバス営業所を解体してアート化したキャメロン・ロビンス(Cameron Robins)、「カーボンサイクル」をテーマに鉄鉱石をバーの一室につみあげたり、それを液体化して絵をかいたりするリチャード・トーマス(Richard Thomas)などがいる。
またトニー・アダムス(Tony Adams)は緑色のゴミを生活の中から集め、M-L・エドワーズ(M-L Edwards)は郊外の生活区域からものを拾って、「アート」として再構築する。エリザベス・プレサ(Elizabeth Presa)は実際にかたつむりや蚕を哲学的言葉がちりばめられた空間で育てアート化する。
芋やがらくたを組み合わせて楽器を作り演奏するディラン・マートレル(Dylan Martorell)のライブはいつも楽しい。そして私(Chaco Kato)自身もアート活動を行う一人だ。 雑草を結びあわせて大きな壁にドローイングを作ったり、透明なプラスティックで「見えるコンポスト」を作ってそこで植物を育てたり、 有機物、不要物をテーマにした作品を作っている。
こうした「スロー」なプロセス中心の作品は、前述した大きな美術館でも取り上げられ始めているし、トラムの中での自称「移動ギャラリー」でも遭遇することができる。スロー・アーティスト達は型にはまることなく自由に領域を横断して楽しむ作家たちでもあるのだ。