ベック・ディーン、プレゼンテーション「パフォーマンス・スペースについて」 2011年10月14日 / 新・港村 「世界のアートイニシアティブから(4)」
パフォーマンス・スペース、アソシエート・ディレクター、 ベック・ディーン
2010年10月14日
私の所属する機関のパフォーマンス・スペースについてお話しする前に、まずは今回の招聘元のBankARTの池田さん、溝端さん、川口さん、並びにスタッフの皆様へ感謝の意を表明したいと思います。私がBankART Life programに参加するのは今回が二回目ですが、前回2009年に参加した時もBankARTのスタッフの方に越後妻有を案内して頂きました。ですので、この場を借りて彼らの親切に感謝を述べさせて頂きます。私は、この数週間、ここから1時間強の戸塚に滞在しています。したがって横浜の異なる側面を体験し、また勤めていらっしゃる方々が様々な手段でしているように、毎日郊外まで通勤もしています。これは私にとって日本での生活のとても違った体験です。
今回、私はアーティストであるサラ・ゴフマンをサポートするために来日しました。サラとは2010年にパフォーマンス・スペースでトラッシュカン・ドリームズというプロジェクトを行い、そのときサラは本日、この会場にもいらしている横浜で活動中のダンサー、リナ・リッチさんとモリタ・ヤスアキさんとコラボレーションをしました。BankARTの新・港村は、アーティストや建築家が、都市とその中でアーティストが存在する場を再構築しようとする試みです。これに関わり、再度、都市住民により捨てられたモノやゴミを様々な方法で変容させるサラと共に携われることは、絶好の機会だと感じました。
サラは1ヶ月に亘りここでオープン・スタジオを行っています。彼女はこの2年の間に、アジアリンクの助成によるトーキョーワンダーサイトで のレジデンシーや、オーストラリア・カウンシルが運営する高田馬場でのレジデンスに滞在するために来日しています。彼女は一貫してその土地で見つけた素材や彼女が日常生活で使ったモノに関連した制作活動をしています。また、先ほど、サラのスタジオでお茶会を開催してくれた、東京を拠点に活動しているアーティスト、村田いづ実さんにも感謝したいと思います。新・港村プロジェクトと黄金町バザールで活動している、いづ実さんを始めとするアーティスト達と出会い、横浜市とそのアーティスト・コミュニティーとの関係が育まれている様子を見ることもでき、大変素晴らしい機会となっています。
私にとっては、現代アートの交流で来日するのは今回で5回目となります。2008年には東京オペラシティアートギャラリーで開催され、その後パフォーマンス・スペースに巡回した「トレース・エレメンツ - 日豪の写真メディアにおける精神と記憶」展を共同キュレーションしました。この場で、本日会場に来ているオーストラリア大使館の徳仁美さんがこのプロジェクトにおいて日豪の関係を取り持ったことにも言及させていただきます。
さて、2007年以来、私はパフォーマンス・スペースに勤めています。ここはシドニーで28年の活動の歴史を持つ、インターディシプリナリー(多様なジャンルが組み合わさっている)・アートに関する主要機関です。そこでアソシエート・ディレクターおよび展覧会やパフォーマンス・プログラムの共同キュレーターの役割を担っています。かつて23年間、パフォーマンス・スペースはシドニー中心街のはずれのレッドファーンという地域で運営されていました。そこには100席の劇場、ギャラリー、バー、レジデンシー用のスタジオがあり、毎年この施設でのプログラムを主催していました。2007年以降は、現代アート・スペース、キャリッジ・ワークスを拠点に、この施設を共用しながら活動しています。そこには900席と300席の劇場、ブラックボックスのギャラリー、巨大なロビー、そして大きなリハーサル室2部屋があります。元の建物は(横浜の埠頭にあるものとも少し似ている)赤レンガの倉庫で1896年に建設されました。1980年初期まで約3000人もの鉄道労働者がそこで働いていましたが、その後建物が再建されるまで、アーティストが勝手に居ついたりアートの諸機関の倉庫として使用されていました。私達はこの施設の経営はしておらず、その管理運営機関であるキャリッジ・ワークス社が別にあります。しがし、私たちは当初からのテナントであり、この場所が現代アートのための場として再開発されることに積極的に関わってきました。こうした状況下で、私達は劇場、ギャラリー、ロビーを必要に応じて借りなくてはならず、その予約も一年くらい前から入れる必要があります。
パフォーマンス・スペースは毎年2つの主要なシーズンに、キャリッジ・ワークスの施設においてパフォーマンスと現代アートの展覧会を催していますが、これらは、コンセプトとテーマに基づきキュレーションされています。まずはヴィジュアル・アーティストに新作を依頼して、グループ展の企画制作をします。またシーズン中に、コンテンポラリー・ダンスやパフォーマンスの開催、プロデュースもしくは共同プロデュースもしています。年に6週間のシーズンが2回ある一方、年のうち約40週間に亘ってリハーサル・スペースを使ったレジデンシー・プログラムも行っています。これはこれから実施されるプログラムのために新作に取り組むアーティスト達が、リサーチをしたりアイディアをテストする機会となっています。また限られた観客に、制作の過程を見せる場でもあります。年間を通してクラブ・ハウスというプロジェクトも時々行っています。これはアーティスト主導で、ショート・パフォーマンス、トーク、レクチャー、実験的な音楽や映画上映を行うものです。クラブ・ハウスは出された提案に対して応ずるタイプのプロジェクトで、外からのアーティストや、劇場やギャラリーで見せる作品より短期の準備期間しか取れないプロジェクトの実施を可能にします。一年中使用できる施設を失っても、私達が一緒に活動をしたいと思うアーティストになるべく対応していけるような方法を探っています。
私達はシドニー大学のパフォーマンス・スタディーズ学科、またニュー・サウス・ウェールズ州立大学のクリエイティブ・リサーチ&プラクティス学科とも連携しています。それによりパフォーマンスやダンスを行うアーティストに外部の8つの場所でのレジデンシーを提供できており、アーティスト達に大学で他の分野でのリサーチを行うこともできる環境をもたらしています。また最近、ナショナル・アート・スクールとも連携をし始め、学内にあるセル・ブロック・シアター,で映画上映や討論プログラムを年5-6回開催しています。
決まった場所で活動しなくてはならない、という縛りが無くなり、サイト・スペシフィックな作品を制作したり、社会的な問題に携わるようなアーティストにより目を向けるようにもなりました。今年はウォークと銘打ったオフサイト(外部)・プログラムの一環として9つの新作をアーティストに依頼しました。その作品は、労働組合の活動や1970年代シドニーで土地開発への抗議があった場所などの社会的歴史を取り扱うものから、GPSのついた犬の散歩道をマッピングするものまで、多岐に亘りました。私達はウォーク・プロジェクトの一つをシドニー・オペラ・ハウスとシドニー・フェスティバルと共催しました。これは、新作を委託したのではなく、イギリスとドイツのグループ、ゴブ・スクワッドによるサイト・スペシフィックなプロジェクトでした。
またウォークの一環として異文化プロジェクトを、フィリピンの団体アニーノ・シャドウプレイ所属のアーティストと、シドニー西部のブラックタウン・アーツ・センター,と共同で実施しました。ブラックタウンはフィリピン系オーストラリア人の居住率が高い地域で、アーティスト達は彼らのウォーク・プロジェクトの制作にあたり、地域住民と積極的に関わりました。
また、パフォーマンス・スペースはオフサイトで、インターディシプリナリーやコラボレーションによる方法で制作をするオーストラリア先住民アーティスト達のための、集約的な実験の場であるインディジラブなど、多数の戦略的なイニシアティブも手掛けています。私達はこれを4年前から、シドニーから南へ3時間行った地方にあるバンダノン・トラストと呼ばれる国際的なレジデンシー・スペースで行っています。また、最近になって、インディジスペースという助成付きのレジデンシー・プログラムを始めました。これは、インターディシプリナリーな活動をする先住民アーティスト達に、キャリッジ・ワークスでのある特定のレジデンシーの機会を提供しています。
私達は2年ごとにライブ・ワークスと呼ばれるライブ・アートのフェスティバルも開催しています。そして、1週間に約30人ものアーティストによるプロジェクトが実施されます。しかし、来年はこの代わりにシドニーの現代美術館で、美術館再オープンの祝典事業の一部として行われるプログラムに取り組んでいます。私達がキュレーションをしているのはローカル・ポジショニング・システムというプログラムです。これにより、オーストラリア人と海外のアーティストが、現代美術館の新しい教育用施設とパーティ・スペースや、ギャラリースペース、更には美術館の外のサーキュラー・キー地区を使って、7つの新しい作品を制作します。
また、私達は1年に2回、最長10分のビデオやダンスの短編から成るナイトタイムズ,という一夜限りのイベントのキュレーションをアーティスト達に託しています。これは全てのアーティストに対し、パフォーマンス・スペースでのプロジェクトを提案する機会の一つとして開かれていているものです。昨年、ナイトタイム・プログラムは、従来ヴィジュアルアート・プログラムにパフォーマンスやライブ・アートを積極的に取り入れていなかったオーストラリアの地方美術館4館に巡回しました。
更に、パフォーマンス・アートでは『POINT』という出版物を年に2回発行し、それには私達のプログラムの詳細を始め、アーティストやライターによる寄稿文、一連のアーティスト・ページも掲載されています。また、その表紙のイラストもアーティストに依頼しています。我々の全ての印刷物はリソ印刷機を使うアーティスト、イラストレーター、グラフィック・デザイナーで構成されるブラッド&サンダー出版社,で手配しています。また展覧会のカタログもブラッド&サンダーで作っています。(手元の一冊を指して)これはそれらのカタログの一つで、今年、私が共同キュレーションをした展覧会「オーフリー・ワンダフル:現代アートにおけるサイエンス・フィクション」のものです。私達は、毎年、ライブ・アートやパフォーマンス分野での国際的なエッセイを掲載する出版物『ライブ・アート・アルマナック』,に関して、ニューヨークのPS122、ロンドンのライブ・アート・デベロップメント・エージェンシーと共同制作もしています。
全部含めると、私達は年間約300人近いアーティストと様々な方法で共に仕事をしています。オーストラリア連邦政府とニュー・サウス・ウェールズ州政府より助成を受けています。一方、自分達自身でも資金調達を行い、個々のプロジェクトのためにメセナ的なサポートの確保に努めています。
パフォーマンス・スペースには私を含め8人の専従スタッフがおり、ディレクターのダニエル・ブライン、私と共にアソシエート・ディレクターを務めるジェフ・カーン、先住民のプロデューサーであるアリソン・マーフィー・オエイツともう一人のプロジェクト・オフィサーがキュレーションを担当しています。私達のプログラムへの取り組み方は、この4年間に機関が直面してきた変化に応じ、ここ12ヶ月間で変化しました。ダニエル、ジェフ、アリソンと私が、アーティストやプロデューサーでもある私達のサポート・スタッフからのインプットを受けた上で、個々人が特定の分野の責任を担うよりもむしろ、全てのジャンルに亘って共同してプログラムの方向づけをするようになってきています。
そして私達が新しい場所でここ数年間に遂げてきた変遷は、組織を再定義するのに役立ち、組織の弾力性という点ではいつでも変化に対応しつつも、機関の芸術上の方針や価値観と深く繋がっていられるようになりました。独自な活動をする自分達の場ではないキャッリジ・ワークスへの移転は、パフォーマンス・スペースに、80年代初期、創立当時の活気に満ちた力強い勢いを取り戻させるきっかけとなりました。その根本は、新しい芸術形態を支援し、新たな作品制作の場を見出し、アーティストと共にリスクを取り、精力的に観客と関わるということでした。施設や場所としての役割という点では、私達の存在感は減っているかもしれません。しかしそれは、私達のプログラムが一つの建物に縛られなくなったことをも意味します。これは、私達キュレーターやプロデューサーにとってはとてもやりがいのある状況です。
皆様にキャリッジ・ワークスに移転した2007年以降のパフォーマンス・スペースのいくつかのプロジェクトの画像をスライドでお見せしてきました。場所として、キャリッジ・ワークスは歴史的、文化的にとても豊かな空間です。そしていくつかのスライドでも見られるように、私達と関わったアーティストの多くが、その歴史の筋道と向き合いながらリサーチやその場に関わる作品を制作してきました。
最後に来年予定されていて今準備をしているいくつかのプロジェクトを少しだけ紹介します。ジェフ・カーン、私とシドニーのアーティストのデボラ・ケリーは、「セクシズ」と題して、オーストラリアの現代アートと文化を、セックスと性というフレームを通し、更にフェミニスト論に至るまでを、概観する展覧会を共同キュレーションしています。また、来年の外部で実施されるオフサイト・プログラムはホールズ・フォー・ハイヤー(レンタル可能なホール) です。これは、ウォーク・プログラムを通じてシドニー中で行ってきたことを更に展開するものですが、今回は市庁舎、アイススケートリンク、スポーツクラブ、閉館した映画館や劇場の空間等の地域社会の施設を活用します。ですので、今回、新・港村や黄金町バザールといったプロジェクトが、ギャラリーや劇場以外の場所でどのように実施され、アーティストとの協働がなされているのかを見る機会をも得られましたので、BankART が私達を招聘して下さったことに、再度、感謝の意を述べさせて頂きます。