特集記事 - オーストラリアでアーティスト・イン・レジデンスを体験する
2006年1月
アーカスプロジェクト 帆足亜紀
日本の観光客と語学留学生の間では人気のオーストラリア。アートの中心地として注目されることは少ないが、アーティストたちは制作する空間と時間に恵まれている。一方で、ある意味で辺境にいるオーストラリアのアーティストやアート関係者は、アジアからも欧米からも総じて遠いため、世界から孤立していると感じている人も少なくない。物理的な距離は、輸送費・交通費にそのまま跳ね返るため、展覧会の巡回や海外の美術関係者との交流が困難であることがその大きな要因である。また、人口が少ないため、本来であれば批評の媒体となる新聞・雑誌などのメディアの流通が案外少ない。その結果、アートに関わる人が少なくないにも関わらず、アートを語るチャネルが限られている印象もある。
このような特殊な環境に置かれたオーストラリアでは、異なる文化や視点をもたらす人々を歓迎してくれる。オーストラリアには対話と交流を心から望んでいる人たちがいるのである。 そこで、お勧めがアーティスト・イン・レジデンス。海外のレジデンスに何を求めるかにもよるが、国土の広く、また生活水準の高いオーストラリアは全般的に制作・居住空間に恵まれ、また、経済が上向きでシドニーは不動産バブルになったこともあり物価は高いというが、日本に比べると生活にかかる費用は全般的に低いのでアーティストが生活しやすい。これまで日本のアートも紹介されてきたが、まだまだその機会が少ないため、日本人アーティストへの関心も高い。
一方で、2002年にMyer Report of the Contemporary Visual Arts and Craft Inquiryという委員会が視覚芸術に対する助成金の増額を勧告したことから、中期的に補助金が一定額保障されることになり、中小規模のアートセンターが順番に設備の拡充を図っている。こういう背景もあってか、2005年の春に会った関係者の表情は明るかった。 さて、では何をとっかかりにレジデンスに出向くのか。まずは、レジデンスに行く目的を明確にしよう。
レジデンスに行く理由
- まとまった時間をとってこれまで暖めてきた作品を制作したい
- 発想を転換して、これまでとは異なる志向の作品を試してみたい
- アートを志す人たちと交流しながら視野を広げたい
などなど個人によってさまざまな理由を挙げることができるだろう。
国内ではなく、海外を選ぶ理由として
- 異文化へとコンテクストをずらして作品を試作・発表したい
- ふだんとは異なるオーディエンスを意識したい
- 活動の拠点を広げたい
などなどこれもまた個人によってさまざまな理由があるだろう。
どのようなレジデンスがあるのか
ここでは主にオーストラリアの東海岸の主だったレジデンスとその特徴を紹介する。なお、実はオーストラリアのレジデンスは今まさにネットワーク化しようという段階にあるため、まだ情報を一覧できるような基盤が整備されていない。しかし、基盤を整備してレジデンスを推進していこうという動きがあるので、近い将来、レジデンスに関する総合的な情報も提供されるようになるだろう。
それから、オーストラリアのレジデンスは、日本のレジデンスのように制作費や生活費が提供されるものはなく、自分である程度の資金を準備する必要があるので、資金調達を視野に入れて計画をたてる必要があるだろう。
シドニー
シドニーはオーストラリアの商業の中心地であることから、国内の代表的な商業画廊はシドニーに集中している。オーストラリアのアートマーケットはここにあるわけだが、一方で、実験的なアートを意欲的に紹介しているスペースもあり、シドニーは他の地域に比べてアートシーンの層が厚い。
市内
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Artspace
概要:美術だけではなく、理論、パフォーマンス分野の活動も活発である。ギャラリースペースのほかにスタジオが12室あり、そのなかには、居住スペースつきのスタジオもある。シドニー湾に臨む倉庫街にあり、ニューメディアやタイムベースの作品を作るアーティストを中心に、内外の実験的なアーティストが出入りする専門家向けアートスポット。レジデンスに申請するためには、HPからダウンロードできるプロポーザルを所定のガイドラインに沿って記入。審査後、入居・展示の有無が決まる。ちなみに審査はプロポーザルの内容がArtspaceの活動理念に適合するか否かが鍵となる。
シドニーの郊外
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Petersham Town Hall Artist Residence, Marrickville
概要:Marrickville市が運営するレジデンス。主に国内のアーティストがシドニーで活動するときに滞在できるようなスペースとして活用されているが、2004年より海外のアーティストとの交換レジデンスも開始した。ここはもともとシドニーで活動するアーティストやさまざまな民族・文化を背景とした住人の多いコミュニティ。レジデンス用には、市役所の向かい側の時計台裏に台所と寝室のあるスペースが用意されている。 -
Casula Powerhouse Arts Centre
概要:Liverpool市にある工場跡地を1990年代半ばに転用して開設したアートセンター。Liverpool Regional Museumを併設。2007年まで改装中なるが、新しい施設には、展示スペースやレジデンス用スタジオのみならず、ビジネスセンターやショップなども揃う予定である。
メルボルン
メルボルン大学やRMIT大学が市内にキャンパスを構え、市内の中心地には、オルタナティヴスペースやアーティストの共同スタジオがひしめくメルボルンは、まさにアーティストの住む町。アーティスト・コミュニティが発達していることもあり、とてもアーティスト・フレンドリーな雰囲気がある。
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Gertrude Contemporary Art Spaces
1983年に設立された「老舗」アートスペース。展示スペースを備えた施設で、施設内での展示やレジデンス活動のほかに、対外的なプロジェクトも数多く手掛けており、アート関係者のネットワークが広い。スタジオは16室あり、主にヴィクトリア州在住のアーティストを対象としている。入居のために審査があり、ここでの制作はひとつのキャリアステップとなる。居住用スペースつき施設が1室あり、部屋代は週165AUD。海外のアーティストはここに3ヶ月滞在できる。なお(UNESCO Aschberg Bursaries for Artists)申請者の枠もあるので、UNESCOの助成金をとれば旅費はUNESCOもちとなる。
ブリスベーン
ブリスベンはお天気がよく、ゴールドコーストも近いことから観光・ビジネスの拠点として知られていても、文化の拠点というイメージはまだ確立されていない。地元のQueensland Art Galleryは、APT(Asia Pacific Triennial)を通じてアジア太平洋地域との美術交流を推進する傍ら、トリエンナーレの一環として、海外アーティストの滞在制作を支援してきたが、いわゆる海外のアーティストを受け入れるレジデンスがこれまでなかった。
しかし、最近、シドニーのMuseum of Contemporary Art Sydney、メルボルンのNational Gallery of VictoriaとAustralian Centre for Contemporary Artなどとともに、1975年に設立されて以来、オーストラリアの現代アートシーンの牽引してきたInstitute of Modern Artが改装されて、レジデンス用の部屋が施設内に3室できた。今後、IMAでの展示用作品の制作を前提に海外アーティストの滞在を受け入れていく方針をたてている。
IMAのほかに市内の住宅地にはブリスベン初と言われるアーティストラン・スペースがあり、そこでもレジデンスアーティストを受け入れている。
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Raw Space
概要:アーティストのRob Kelleyが一軒家をスタジオスペースにして、毎月アーティスト4名のコラボレーションに基づく展覧会を実施するという試み。海外1名、国内3名のアーティストの出会いが生み出すプロジェクトを通じて、ブリスベンのアートシーンの活性化を図りたいといのが主催者の意図である。
以上のように東海岸の主要都市にはアーティストが集い、アートシーンを形成し、現代アートはオーストラリアの都市文化を担っている。 一方でアボリジニアートが現代アートシーンに大きな影響を与えているように、オーストラリア固有の文化はオーストラリア人の意識の中で大きな位置を占める。そもそも、オーストラリアという大陸を想像したときに、過酷な環境にある広大な砂漠地帯(OUTBACK)なしにはオーストラリア文化を語ることはできないだろう。
砂漠に思いを馳せるシドニーのニューサウスウェールズ大学美術部で教鞭を執るアーティストが4名集まって発足したのが、Imaging the Land International Research Institute 。ニューサウスウェールス地方の砂漠地帯にある大学の研究施設Fowlers Gap Arid Zone Research Stationにアーティストを滞在してもらうというレジデンス型研究施設を構想中。現在はまだ現地訪問と展覧会というような基本的な事業しか展開していないが、今後は海外のアーティストなども招聘し、ランドスケープアートに関するあらゆる表現の研究を推進していく予定だという。
オーストラリアのレジデンス施設は、押並べてどこもじっくりと制作したり作品を構想したりするには環境がよい。オーストラリアという一種辺境の地で世界の中心から距離をとることによって見えてくるものにも期待をかけて、海外レジデンスを考えるときにぜひ候補地のひとつとして検討してほしい。