写真・文 : 須摩 謙

世界最後の巡業ボクシングテント

開拓時代から四世代続くオーストラリアで現存する唯一のボクシングテント。座長フレッドを中心に10人ほどのボクサーからなり、4月から9月にかけて内陸部を中心に活動し、週ごとに転戦しています。毎回移動は500km以上の旅になり、水曜日ぐらいに現地に入りパブの横の空地を借りてテントを立て、週末に試合が行われます。試合までの間は各地のサポートしてくれる友人たちと釣りをしたりハンティングをしたりして楽しみ、まさにクロコダイルダンディといった感じです。

対戦相手は観客の中から募り、ウェイトは関係なく所謂腕自慢になります。1ラウンド1分で3ラウンド行われますが、真剣勝負なのでKOもよくあります。時にはプロレスのようにタッグを組んで行われることもあります。小さな村では年に1回彼らがやって来ることが1番のお祭りになっています。
テント正面。真ん中にある入り口を挟んで両側にあるはしごを登るとステージとなっている。真ん中の旗の後ろに小さく見えるのがテントの三角屋根。(オーストラリア北東部の町、ボロルーラにて)
70年代初頭まではいくつかのボクシングテントが存在していましたが、現在では彼らだけになってしまい、また後継者もなく座長フレッドで最後となった今、ノスタルジーも含め伝説になろうとしています。
試合開始前、団長のフレッドが雇われボクサーを紹介し地元のチャレンジャーを募る。(ボロルーラ)
フレッドの娘エメラルドにタオルで扇がれているのが、チャレンジャーに負け、溜め息をついている雇われボクサーのピーター。長距離トラックのドライバーだった彼は、フレッドにパブでスカウトされ、ボロルーラでの興行の2週間だけ参加した。


巡業同行記

2002年8月8日から9月14日までの期間、ボクシングテント一座に同行し撮影してきました。
最初に訪れた町はクィーンズランド内陸部に位置する鉱山町マウント・アイザ、人口約2万4千人。毎年8月上旬に行われるロディオ大会に合せて会場周辺の敷地内で興行します。期間は3日間。主に白人中心の町ですが、アボリジニも数多く住んでいます。観客、対戦者たちはカウボーイや鉱山で働いている人たちです。そこから300km離れたところに、50km四方の広大な土地を所有する、座長の友人ボブの牧場が有り、そこで肉を調達したりします。また、カウボーイのライフスタイルや牛追い、ショットガンで屠殺するシーンなど見ることができます。

次に訪れた町はノーザンテリトリー北東部のアボリジニテリトリー、ボロルーラです。白人がほとんどいないこの町はネイティヴな独特の雰囲気があり、ノスタルジーを感じさせてくれます。


  
地元のチャレンジャー(左)とブライアン(中)。年に一度のこの機会の為にきたえているチャレンジャーは結構強い。(ボロルーラ)(右)試合に勝ち、レフリーを務める団長のフレッドに左腕を高く掲げられるモーリーモーラ。(ボロルーラ)



そこから車で2時間ほど離れたところに、座長の友人で漁師のロイのキャンプがあります。早めに現地入りし、テントを組み立て、週末の興行までの間、毎年ここに立ち寄りフィッシングを楽しみます。

キャンプは海から少し入った入り江沿いにあり、カゴと網による原始的な漁を行っています。釣り方は竿を使わず、糸をたらすだけですが、これで1m以上の巨大魚を釣ったりします。またその周辺では野生化した馬があちこちにいるんですが、それをハンティングして食料にします。「おれが本当のクロコダイルダンディだ!」と座長が言うようにワイルドでまさにクロコダイルダンディの世界です。今回は興行の後、もう一度立ち寄り、そこから船で1時間ほど離れた無人島で一晩キャンプをしました。


この日ボロルーラにて試合を行ったアボリジニのチャレンジャー3人


次に訪れた町はオーストラリア内陸中央部に位置する町バーズビルです。毎年9月の第一週の金、土に行われるオーストラリアで最も大きいダービーのバーズビルカップに合せて3日間興行します。ここが1年の最終であり最大の興行地です。このあたりはシンプソンデザートと呼ばれる砂漠地帯で、ふだんは人口150人の町がこの期間だけ6000人になります。人々は4WDやセスナでやって来て、そのほとんどは白人です。周辺の砂漠地帯では荒涼とした雰囲気がありますが、町自体期間中わりと現代的でノスタルジックな面は少し希薄です。ただし観客は300人近く入り、すごく盛り上がります。


ロイのキャンプへ移動中。トラックの上に見えるのは、団長フレッドの子供たち


オーストラリア内陸部の町バーズビルにて。年に一度この町で行われる馬のレースの時期に合わせて興行を行う為普段より一回り大きなテントを張る。巡業の最終地点にして一番の稼ぎ時だ。写真はテント撤収後2002年の旅巡業終了の記念写真

以上が2002年に訪れた町です。

今回新たに10人のボクサーたちと出会いました。本業はカウボーイ、鉱夫、農夫、大工など様々ですが、改めて思ったことは、彼らはお金のためだけでなく、全く日常と異なるもうひとつの世界を楽しむために参加していることです。よく想像されるような、どさ回りの悲哀は無く、平凡な日常から生きてることを確認するためにやって来るのかとさえ思えます。座長は「家に帰れば別人格になるのさ、俺は2つの世界を生きているんだ。」と言い、あるボクサーは「人を殴って金を貰え、ただ酒が飲め、しかも女も抱けて最高の休暇だ!」と私に語りました。

そんな彼らですが、時代の大きな変化の中でボクシングテントを生業としていくことが困難になってきました。今回の訪問で息子のリトルフレッドが跡を継がないことがわかりました。彼は現在16歳でボーディングスクールに通っていますが、彼が卒業したらテントを廃業したいそうです。残された時間はあと2年足らずとなってしまいました。

この最後のボクシングテント、しかも途上国でなく先進国のひとつであるオーストラリアにて現在も行われていることが、見る者にになぜと疑問を抱かせ、彼らの生活を理解するにつけ自分達が忘れてしまったものを思い起こし、より深い共感を与えてくれるのではないかと思います。

彼らが活動している間に、ぜひとも写真集化し、彼らの生きざまをひとりでも多くの人に伝えたいと思っています。      


団長フレッド一家。右から妻のサンディ、フレッド、娘のエメラルド、息子のフレッドJr.。奥さんのサンディは、フレッドをしのぐ影の団長だと言われている


主なボクサーたち

【フレンドリーモーラ】
テントボクサーだった父と共に幼少期から巡業生活をし、2000試合以上戦う。代表的テントボクサー
【カウボーイ】
97年オーストラリア カウボーイ チャンピオン。元アマチュア ボクシングチャンピオン。実力、人気ともにNo1のテントボクサー
【モーリーモーラ】
アボリジニボクサー。先祖は部族の首長でファミリーネームはプリンス
【アフロサベージ】
ニューギニアの原住民の血を引く異色ボクサー
【ケイヴマン】
アボリジニボクサー。40歳を超え一度引退していたが、今年復活。弱いんだけどファニーで憎めないボクサー。必殺技はウインドミル
【レンジャー】
本業は国立公園のレンジャー。有給休暇7週間すべてを巡業参加に使用

日本とオーストラリアとのボクシングでの接点・ファイティング原田氏について

初めて彼らの巡業に同行した時、日本人というだけで私はずっとハラダと呼ばれていました。理由を聞くと、ハラダは日本人でNo.1のグレイトボクサーだというばかりでした。帰国して知人を介して原田さんに話を伺う機会がありました。それによると、世界バンタム級タイトルをアボリジニの挑戦者ライオネル・ローズに、判定の末奪われたことがわかりました。さらにその翌年シドニーにて、オーストラリアのチャンピオン、ジョニー・ファメションに世界フェザー級タイトルを挑み、善戦するも判定で僅差に敗れました。このことがオーストラリアのボクシングファンの脳裏に深く刻まれ、日本以上に若い世代からも、いまだにリスペクトされているという背景があります。



プロフィール

須摩 謙(すま・けん) ken-suma@nifty.com

フリーランス・フォトグラファー
1960年石川県生まれ
日本大学芸術学部写真学科卒

文化出版局写真部を経て、藤井保氏、安井進氏に師事。87~88年フランス・パリに在住。帰国後、ポパイ、アンアン誌を中心に活動。95年渡豪。オーストラリア滞在中に彼らの存在を知り、以後ライフワークとして彼らの活動を記録。現在、写真集出版や写真展開催に向けて活動中。



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